懲戒解雇だけじゃない「懲戒処分」~効果的な懲戒処分を行うために~vol.1
第1 はじめに
「懲戒処分」という言葉を聞いて、どんなイメージを持つでしょうか。
懲戒解雇は聞いたことがあり、分かりやすいと思います。
ですが、懲戒解雇以外の懲戒処分については、名前は聞いたことはあるけれども、イメージしにくいかもしれません。なんとなく、「悪いことをした人に罰を与える」というイメージなんじゃないでしょうか。
懲戒処分は、就業規則などルールに違反した労働者を懲戒する、というだけのものではありません。懲戒処分の内容、方法によっては企業秩序の維持に役立つこともあり、場合によっては懲戒処分の対象となった労働者本人のためにもなる場合があります。
他方、懲戒処分の不適切な行使は、懲戒権の濫用として、懲戒処分自体が無効となるだけでなく、懲戒処分を行った使用者に責任が問われる場合があります。
懲戒処分を適切に運用するためには、まずは懲戒処分の意義や内容について正しく理解しておくことが重要です。
そこで、本稿では、懲戒処分の意義や種類など懲戒処分の概要についてご紹介したいと思います。
第2 懲戒処分とは
懲戒処分とは何か。懲戒処分について法律上の定義はありませんが、一般的には「従業員の企業秩序違反行為に対する制裁罰であることが明確な、労働関係上の不利益措置」などと理解されています。
このように、懲戒処分とは、あくまで「制裁」であって「不利益な措置」というのが一般的な認識といえるようです。
他方、労働者は労働基準法を始めとした労働関係法規で守られているため、このような「制裁」とか「不利益な措置」という労働者にとってマイナスの影響を与える措置を行うためには根拠が必要になってきます。
つまり、懲戒処分のような労働者に不利益な措置を行う場合、どのような根拠が必要になるのか、仮に懲戒処分を行えるとして、どの程度、内容、回数の処分を行えるのか、懲戒処分の根拠と限界が問題となってくるのです。
第3 懲戒処分の根拠と限界
1 どんなときに懲戒処分ができるのか
言い換えると懲戒処分を行うにはどんな根拠が必要か、ということになります。
懲戒については、労働契約法15条で定められていますが、この条文には「使用者が労働者を懲戒することができる場合」としか規定されておらず、具体的にそれがどのような場合か、ということは規定されていません。
労働契約法15条には明記されていませんが、判例で明確に述べられています。判例では「あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する」と明示しています。
つまり、懲戒処分を行うためには、就業規則上に懲戒処分の根拠規定が存在することが必要になるということです。就業規則を作成しているなら、その規則中に懲戒処分の定めがないということはほとんどないと思いますので、この点はあまり問題ないと思いますが、いま一度、自社の就業規則について、どのような懲戒の種別や懲戒事由の定めがされているのかを改めて確認してみてもよいでしょう。
就業規則は、その要旨ではなく、全文を労働者全員に周知させないと効力を生じないと考えられていますので(労働基準法106条1項、フジ興産事件参照)、事業所内の誰でもアクセスできる場所に備え付けておくとか、社内ネットワークを使って簡単にデータで見られるようにしておく必要があります。
また、懲戒処分を行うためには、就業規則に定められた懲戒事由に該当することが必要となります。
2 懲戒処分をしてはいけない場合
懲戒処分を行うためには、大前提として就業規則上の定めが必要という説明をしましたが、就業規則上懲戒の事由と種別を定めておけば、使用者は制限なく労働者を懲戒処分ができるのか、というとそういう訳ではありません。
根拠規定があっても懲戒処分をできないとか、行った懲戒処分が無効になるパターンということがあります。
⑴ 不遡及の原則
まず、懲戒処分が無効になるパターンとして、不遡及の原則に反する懲戒処分が挙げられます。
不遡及の原則とは、就業規則で懲戒の種別及び事由について定められる前に行われた行為について懲戒することはできない、というルールです。
この原則は、「就業規則上に根拠規定が存在すること」が要件となっていることの当然の帰結といえます。労働者にとって、全く予見できない懲戒事由により処罰されることは、労働者の権利利益(雇用や生活の安定など)が著しく損なわれることになるため、これら労働者の権利利益の保護がその趣旨にあるといえます。
⑵ 一事不再理の原則
次に、懲戒処分が無効になるパターンとして、一事不再理の原則に反する懲戒処分が挙げられます。
一事不再理の原則とは、既に懲戒処分に付した行為について、再び懲戒処分を行うことはできない、というルールのことをいいます。これを許してしまうと、理屈上延々と労働者に同じことで制裁罰を与えてもいい、ということになってしまいかねず、労働者の権利利益を著しく損なうことになるからです。
⑶ 相当性の原則
さらに、懲戒処分が無効になるパターンとして、相当性の原則に反する懲戒処分が挙げられます。
相当性の原則とは、懲戒処分が労働者の非違行為に対して、質的に、または量的に社会通念に照らして均衡が取れているといえなければならない、というルールのことをいいます。
労働契約法15条にも「当該行為の性質・態様その他の事情に照らして社会通念上相当なものと認められない場合」には、懲戒処分は無効となると定められています。
この「相当」という概念の中には、行われた問題行為に対してどの種類の懲戒処分を行うかとか、過去の事例と比べて公平か、といったものも含まれるので、懲戒処分を行う上でもっとも慎重に検討しなければならないところといえます。
第4 懲戒処分の種類
1 代表的な処分
①けん責:始末書を提出させて将来を戒めること
②減給:本来ならばその労働者が現実になした労務提供に対応して受けるべき賃金額から一定額を差し引くこと
③出勤停止:労働契約を存続させながら労働者の就労を一定期間禁止すること
④降格・降職:懲戒権の行使として行われる、役職・職位・職能資格等の引き下げ
⑤懲戒解雇:懲戒処分としての解雇。いわば「極刑」にあたるもの
2 けん責
⑴ けん責と戒告
けん責とは、非違行為を行った労働者に始末書を提出させて将来を戒めることをいいますが、けん責と似た処分として、戒告というものがあります。
戒告もけん責と同じように、将来を戒める処分ですが、始末書の提出まで求められない点でけん責よりも軽い処分とされます。
⑵ 始末書の提出時期
けん責による始末書の提出時期は、一般的に、けん責処分を行うと判断した後になります。けん責処分の決定前であれば、「反省させる」という意味が付されていない「顛末書」や「事実経過報告書」と呼ばれる書面を提出させることになります。
⑶ 始末書の提出がなかった場合
始末書を提出するかどうか(特に「反省します」という意思を表示するかどうか)は個人の良心の自由であるため、仮に始末書の提出がなかったとしても、これを理由にさらに懲戒処分を行うことはできません。
もっとも、始末書を提出しなかった従業員に対し、再度の始末書の提出を求めた上で、「始末書が提出されない場合、今回の件について反省していないと考えざるを得ない。今後同じようなことが起きた場合に不利な事情となる」といった注意を添えるという対処をすることは可能です。
3 減給
⑴ 意義
減給とは、労働者が現実になした労務提供に対応して受けるべき賃金額から一定金額を差し引くことをいいます。
⑵ 減給の限界
労働基準法上「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、1回の額が平均賃金 の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない。」と規定されており(法91条)、減給処分についても制限があります。
たとえば、平均賃金の日額が6,000円、一賃金支払期における賃金18万円の人が減給処分を受ける場合、その限度は次のとおりとなります。
①減給の懲戒事由に該当する行為を1回行った場合、減給の額は3,000円が限度
②減給の懲戒事由に該当する行為を複数回行った場合、それらの懲戒事由に対する減給の額は合計で1万8,000円が限度
なお、懲戒事由が繰り返され、減給処分が複数回行われた結果、減給処分の総額が一賃金支払い期の10分の1を超えた場合は、超えた額について、翌月に繰り越すことが可能となります。
4 出勤停止
⑴ 意義
出勤停止とは、労働契約を存続させながら労働者の就労を一定期間禁止することをいいます。出勤停止処分は、非違行為を行った労働者への制裁であり、自宅待機と異なり、使用者に賃金の支払義務が発生しません。
⑵ 出勤停止処分の限界
出勤停止の日数について、明示の法規制はなく、民法90条の公序良俗による制限がなされるにすぎず、実務では、企業の多くは出勤停止の上限を7日間又は10日間とすることが多いようです。
これは、戦前の通達(大正15年12月13日発労71号)が、出勤停止の限度を7日と規定していたことに由来しているものと考えられます。
⑶ 処分前の自宅待機期間
懲戒処分を行う前に懲戒事由の存否を調査するため、対象となる労働者に対して自宅待機などを命じる場合があります。この場合、出勤停止の処分を行う前の自宅待期期間を出勤停止期間に含めることができるかが問題となりますが、結論として、出勤停止期間に含めることはできないと考えた方がよいでしょう。
懲戒処分は、職場規律違反に対する制裁であり、遡及させることができるとすると、職場規律違反の有無が明らかになっていないのにもかかわらず制裁を科したことになるからです 。
5 降格・降職
⑴ 意義
降格・降職とは、懲戒権の行使として行われる、役職・職位・職能資格等の引き下げのことをいいます。
⑵ 降格・降職処分の限界
降格・降職には、懲戒処分としての降格・降職と人事権の行使としての降格・降職がありますが、両者の区別は以下の要素を考慮して判断されることになります。
①使用者側における業務上・組織上の必要性の有無およびその程度
②能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無およびその程度
③労働者の受ける不利益の性質およびその程度
④当該企業体における昇進・昇格の運用状況等
なお、降格は、賃金の減額を伴うので、就業規則等において職能資格制度が定められており、その中で資格等級の見直しによる降格・降給が予定されていることが必要となります 。
6 懲戒解雇
懲戒解雇とは、懲戒処分としての解雇のことをいいます。いわば「極刑」にあたるものであり、明らかに犯罪行為を行ったような場合でない限り、基本的に避けた方が良いとされる処分といえます。
実務上、裁判でその効力が最も多く争われるものも懲戒解雇処分とされています。対象となる労働者を解雇するとしても、普通解雇を選んだ方が無難である場合が多いため、懲戒解雇処分が妥当かなど処分の適法性、妥当性に迷うのであれば、弁護士や社会保険労務士など人事・労務の専門家に相談すると良いでしょう。
第5 まとめ
本稿では、懲戒処分の意義や種類など懲戒処分の概要を紹介し、懲戒処分を行う場合の留意事項について紹介いたしました。
懲戒処分の不適切な行使は、懲戒権の濫用として、懲戒処分自体が無効となるだけでなく、懲戒処分を行った使用者に対して責任が問われる場合があります。対象となる労働者への懲戒処分の適法性、妥当性について判断に迷う場合は、まずは弁護士や社会保険労務士など人事、労務の専門家に確認してみることが大切です。
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監修
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author
- 中川 宗一郎
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弁護士法人いかり法律事務所
弁護士法人いかり法律事務所アソシエイト弁護士。
民事・刑事を問わず幅広い分野でトラブルを解決している。特に、労働問題に注力し、残業代請求や不当解雇・雇止めトラブルなど個人側、企業側からの労務に関わる多数の法律相談、解決実績を有する。趣味は、ドライブ。休日は家族といろいろなところに出かけるのが楽しみです。