第1 前回まで

前回は、懲戒処分の意義や種類など懲戒処分の概要を紹介し、懲戒処分を行う場合の留意点についてご紹介いたしました。

たとえば、懲戒処分を行うためには、就業規則上に懲戒処分の根拠規定が必要になり、懲戒の種別及び事由を定めておくことが必要となることや、根拠規定があったとしても、一定の場合には懲戒処分が無効となること、懲戒処分には、けん責、減給、出勤停止、降格、懲戒解雇などの種類があり、それぞれ行使の時期や回数など限界があることなどをお伝えしました。

本稿では、適切に懲戒処分を行うための具体的な運用方法と、そのための法的ポイントについてご紹介いたします。

第2 懲戒処分の手順と法的ポイント

1 基本手順

一般的に、懲戒処分は以下の手順に沿って行われます。

①事実関係の確認

②懲戒事由該当性の判断

③懲戒処分の選択

④従業員への弁明の機会の付与

⑤懲戒処分の実施

2 各段階ごとの法的ポイント

⑴ 事実関係の調査

ア 疑わしきは罰せず

まず、懲戒処分を行うためには、懲戒処分の対象となる労働者に懲戒事由があるのか、事実関係を調査する必要があります。事実関係の調査は、客観的な証拠や主観的な証拠に基づいて行われます。具体的には、以下のような調査、証拠収集をすることになります。

①客観的な資料の収集

例:当事者間の社内メールの送受信履歴、問題行為の録音・録画、当事者の診断書等

②当事者への事情聴取

③第三者への事情聴取

なお、従業員同士の問題で、両者の話が食い違う場合には、懲戒事由がない又はその存否が不明であるため、懲戒処分を行うことは出来ません(疑わしきは罰せず)。

もっとも、事実関係の一部が一致しており、一致している部分が客観的な資料等によって裏付けられるときはその部分をもって懲戒処分の対象とすることができます。

イ 自宅待機中の賃金の支払い

まず、そもそも自宅待機命令をすることができるか、という点が問題となりますが、業務命令として自宅待機命令を行うことはできます。

次に、自宅待機期間中の賃金の支払義務の有無が問題となりますが、証拠隠滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由があるときは無給扱いも許されると考えられています。

もっとも、緊急かつ合理的な理由がない場合には、就業規則その他労働契約に何らの定めがなければ100%の賃金支払いが必要となります。

就業規則その他の労働契約の規定があっても、休業手当相当額もしくは休業手当相当額以上の額の支払をしなければなりません。

⑵ 懲戒事由該当性の判断

上記事実調査が行われると、事実調査後または事実調査と並行して、対象となる労働者の行為が懲戒事由に該当するのかを検討する必要があります。懲戒事由該当性の判断に際しては、次のような点が問題となります。

ア どのような行為を懲戒処分の対象とすることができるか

予め就業規則等に定められている行為や当事者が認めている又は客観的資料等から明らかな行為を懲戒処分の対象とすることができます。

イ 過去の非違行為でも懲戒処分の対象とすることができるか

合理的理由がなければ懲戒処分を行うことはできません。

裁判例では、長期間の経過により企業秩序は回復していると考えられることや、懲戒処分はもはや行われないであろうとの労働者の期待を侵害し、法的地位を著しく不安定にすることから、非違行為から7年、5年、2年経過後に下した懲戒処分が、それぞれ無効と判断されています。

ウ 既に行った懲戒処分に処分理由を追加することができるか

原則として、追加することはできないと考えられます。

例外的に、「特段の事情」として、たとえば従業員の反復継続された多数の非違行為をまとめて懲戒の対象としていた場合のように、具体的事実としては明らかになっていなかった同種の行為が後に明らかになったような場合であれば処分理由を追加することができるものと考えられます。

判例上「懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものではないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠づけることはできない」(山口観光事件(最一小判H8.9.26労判708-31))とされています。

⑶ 懲戒処分の選択

事実調査により対象となる労働者の行為が懲戒事由に該当することが明らかとなった場合、次にいかなる懲戒処分を行うか、懲戒処分の選択が問題となります。

ア 懲戒処分の選択のポイント

懲戒処分の種類は、次のポイントを考慮して選択することが重要です。

①労働者の行為の性質

②労働者の行為の態様

③労働者に関するその他の事情

④他の労働者との公平性

(参考)懲戒処分の指針(平成12年3月31日人事院)

イ 量定判断の例(裁判例を踏まえて)

懲戒処分の相当性は、対象となる労働者の非違行為の性質や内容などから判断されます。いくつか裁判例を紹介すると次のとおりとなります。

①職務懈怠について

たとえば、無断欠勤1日、遅刻1回、連絡のない欠勤1日に対する出勤停止7日間の懲戒処分に対して、過去に他の懲戒処分歴がないことを理由に当該懲戒処分を無効と判断しています。

また、合計69日に及ぶ遅刻、出勤記録を出勤扱いに修正するよう部下に指示した職員に対する停職処分に対して、当該懲戒処分を有効と判断しています。

②電子メールの私的利用について

たとえば、業務用パソコンを使って出会い系サイトに投稿し、1500回以上にわたって私的メールを送受信したことを理由とする懲戒解雇処分に対して、対象者の地位が高かったことやその回数が多かったこと等を理由として当該懲戒処分を有効と判断しています。

また、約7ヵ月の間に28回程度の私用メール、チャットをしたことに対する減給処分に対して、当該懲戒処分を無効と判断しています。

⑷ 弁明の機会の付与

どの懲戒処分を行うか、懲戒処分の種類が決定されると、懲戒処分の相当性を判断する基礎事情とするために、対象となる労働者に対して弁明の機会が付与されます。

弁明の機会の付与とは、懲戒処分の対象となる労働者に対して、非違行為を行った事情、理由等を説明する機会を与えることをいいます。

弁明の機会が付与されるのは、懲戒処分は労働者に対する「制裁罰」であるため、事実誤認等によって「冤罪」があってはならないからです。

⑸ 懲戒処分の実施

対象となる労働者に弁明の機会が付与され、選択した懲戒処分が相当であると判断されると、その後は、実際に懲戒処分が行われることになります。

懲戒処分の実施に当たっては、対象となる労働者本人への通知方法や懲戒処分の結果の公表の有無について確認しておくことが必要です。

まず、通知方法については、後々、懲戒処分を行ったか否かが問題とならないように、また、口頭よりも書面の方が、本人に対し反省・改善の意識喚起を望めることから書面で通知する方が望ましいと考えられます。

次に、懲戒処分の結果の公表の態様については、被処分者が特定できない態様での社内外公表、被処分者が特定できる態様での社内公表、または被処分者が特定できる態様での社外公表に分けることができます。

被処分者が特定できない態様での社内外公表については、被処分者の社会的評価がそもそも下がらないため、基本的に認められるものと考えられます。

被処分者が特定できる態様での社内公表については、懲戒処分の目的が問題行為を戒め、再発防止することから著しく不相当な方法によるのでない限り、基本的に認められるものと考えられます。

被処分者が特定できる態様での社外公表については、被処分者の社会的評価の低下の可能性が著しく高くなるため、基本的に避けた方が良いと考えられています。

なお、懲戒処分の結果の公表が認められる前提として、就業規則などにより予め「懲戒事実を公表することがある」ことが従業員に周知徹底されていることが必要となります。

第3 懲戒処分の目的と効果

懲戒処分には、非違行為を行った労働者を処罰する制裁罰としての効果に注目しがちですが、一方で、懲戒解雇のように労働契約の解消を伴わない懲戒処分には、非違行為を行った労働者に反省と改善を促す機会を与える目的も有しています。

懲戒処分は、対象となる労働者の雇用関係に重大な影響を及ぼすものであるため慎重かつ厳格に適用するべきですが、適切かつ効果的に運用することで、対象となる労働者はもちろんのこと、他の労働者への注意喚起にもなり、結果として良好な職場環境の形成に資することができるものと考えられます。

第4 まとめ

以上のとおり、本稿では、適切に懲戒処分を行うための具体的な運用方法と、そのための法的ポイントについて紹介いたしました。

前回の内容と合わせて、懲戒処分について、定義・根拠・限界・運用上の注意点を解説しましたが、これらの解説だけで、個々の問題行為に直面した際に完璧な対応ができるようになるものではありません。

とりわけ懲戒事由該当性の判断については、判例・裁判例の積み重ねに基づく法的判断や事実認定が必要になる場合があります。

懲戒処分の運用や実施について判断に迷うような場合には、まずは人事・労務の専門家である弁護士や社会保険労務士に相談してみることをお勧めいたします。

 

 

監修

弁護士法人いかり法律事務所

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author

中川 宗一郎

弁護士法人いかり法律事務所

弁護士法人いかり法律事務所アソシエイト弁護士。
民事・刑事を問わず幅広い分野でトラブルを解決している。特に、労働問題に注力し、残業代請求や不当解雇・雇止めトラブルなど個人側、企業側からの労務に関わる多数の法律相談、解決実績を有する。趣味は、ドライブ。休日は家族といろいろなところに出かけるのが楽しみです。

 

 

 

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